援助こうさい サイトを覗いてみる

私はそこそこの数の女の子と援助こうさいをしてきましたが、この間初めて2人の女の子と同時に援助こうさいをしました。

あれは、つい先月のことでした。

とある繁華街を歩いていると、2人組みの女の子に声を掛けられました。

恐らく友達同士なのでしょうが、年齢はどうみても高校生ぐらいでした。

女の子に、「よかったら、私たちと一緒に遊ばない?」と言われました。援助こうさい経験が豊富な私はすぐに援助こうさいだと分かりましたが、生憎この日はあまり持ち合わせがなかったのです。

でも2人の女の子との援助こうさいなんて、初めての経験なので私は援助こうさいを申し受けることにしました。

とりあえず女の子と一緒にカラオケに行って、軽くご飯を食べた後、一緒にホテルへ行きました。援助額は、一人あたり2万円です。

そして、女の子2人とエッチをしました。

要は3Pなわけです。一人の女の子をバックでハメテ、もう一人の女の子に乳首を舐められる。

まるでAVのようなエッチを、リアルに再現することができました。

やはり複数の女の子と援助こうさいをするのは、生まれて初めての経験だったので、非常に斬新でした。

お金は一人の時よりも多くかかるものの、より充実したエッチが楽しめるので、また余裕があれば複数の女の子と援助こうさいをしてみたいと思います。

援助こうさいをしていた時代

私はかつて援助こうさいをしていた経験があります。

90年代の後半、女子高生だった私の友だちが皆援助こうさいをしていたので、仲間外れになりたくないという思いから、援助こうさいを始めたのです。

当時は別に悪いことをしているという意識はなく、1回で1万5千円、2回で3万円と稼いだお金をすぐさまブランド品に変えて、楽しい毎日を過ごしていたのです。

夜、通りで中年のおじさんに「2万でどう?」と声をかけられたこともありましたし、手持ちのお金が少なくなると、逆に自分から男性に声をかけて援助こうさいをしていました。

性の知識が豊富だったわけでもありませんし、法律なんてましてやさっぱりです。

淫行条例なんて、魔法の呪文のように意味不明でしたね。

当時はとにかくブランド品を手に入れらることが一番うれしかったです。あとは男性に抱かれるたびにセックスの経験値が上がっていくような気がして、それも楽しかったですね。

援助こうさいのあとは、彼氏に抱いてもらっていました。たぶん「お清め」的な意味があったのかもしれません。

ルーズソックス姿でプリクラを撮りまくり、ポケベルで援助こうさい。90年代後半はそんな時代だったのです。

援助こうさいをしていたことに罪悪感がないわけではありませんが、それにしてもどきどきあのころに戻りたくなる瞬間がありますね。

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